鳥取しょうが

鳥取市気高町は古くから生姜の産地で、約400年以上の歴史があるといわれています。

その歴史は、1581年の鳥取城落城の後、鹿野城主となった亀井玆矩が南方より生姜を持ち帰ったことが始まりといわれています。
亀井玆矩は、現在、鳥取市にある日光池や湖山池、水尻池等を干拓、灌漑水路網を整備し、領内の新田開発に力をいれ、また日光地区で生姜の栽培させたとされます。

日光生姜穴生姜は、4月に定植し、11月頃に収穫します。収穫後は通常「生姜穴」と呼ばれる穴で保管されます。生姜穴は年中約15度程度と気温差が少ないので、適した温度で生姜を保存できます。また、鳥取市気高町で生姜を栽培されている家には個々に生姜穴を設けている家が多く、生姜のほか芋などを保管し、貯蔵しているようです。

生姜穴はそれぞれ大きさが異なりますが、約10mほどの大きさのものもあり、ありの巣のように横穴が掘られています。出荷用の生姜や、種用の生姜が保管されています。

※写真の生姜、生姜穴は、日光地区のものです。

鳥取県東部で生姜が身近な食材として親しまれているのは、昔から食べられている「しょうがせんべい」や「おいり」などのお菓子からも感じることができます。また、最近では「生姜のコンフィチュール」や「生姜クッキー」等、鳥取の生姜を使った加工品が作られています。

昔から生姜栽培を続けている日光地区(現在:鳥取市気高町日光)と瑞穂地区(現在:鳥取市気高町瑞穂)をはじめ、鳥取県東部地区ではこの歴史ある生姜を鳥取県東部の特産品にしようという取り組みが始まっており、鳥取東部地区では生姜のイベント等も開催されています。

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鳥取しょうが

住所
鳥取市気高町日光地区、瑞穂地区